いろいろ関わっているセンターから依頼された原稿(第1稿)が没になった。
まあ予想していたので、書き直して送りましょう。
没ネタは、ここに公開しておこう。
私が、いわゆる「男女」の問題に関わるようになったのは、育児休業からです。育児休業が男性も取得できるようになって、県内では初のケースということでした。(最初の対象となった我が家の長女が今年ついに年女です) もっともそのころの私はジェンダーなんて言葉も何も知らないまま、素朴に育児に取り組んでいました。その後、二女と三女の時も取得したので、男性の育休取得者の延べ人数を数えたら、私だけで3人分カウントできてしまいます。でも、男性の育休取得率がなかなか増えませんね。どんな統計でも未だに1%未満。「俺は小数点以下かよ」と突っ込みを入れたくもなります。それでも知人に現在育休中の男性が1人だけいます。私のことも参考にしてくれたらしく、嬉しいですね。
ただ、性に関わらず育休制度を取りやすくなってきているかというと、何だか逆になっているようで心配です。ジェンダー・バッシングの余波かもしれません。そして、育児に限らず、男女共同参画に関する多くの施策が、「女性が・・・・」という視点に立っている事にも原因があると思います。それぞれの施策は実現されるべき大切なものなのでしょうが、そこに男性をどうするかという視点が欠けていては、いかに「女性が」頑張ってもどうしようもありません。例えば、「育児で仕事を離れた女性の再チャレンジ支援対策」というものがあれば、女性は「よし!」と思うのかもしれませんが、男性は疎外感を感じるだけです。男性は再チャレンジと言うまでもなく、自動的に元の地位に戻れるとでも言うのでしょうか。それとも、はじめから育児に必要とされていないのか? 決してそうではないと思いたいのですが、男性側に意欲が出るような話ではありません。男女共有の問題と認識しているならば、極端な話「DV」の解説から「暴力の方向がもっぱら男から女」という文言を外してみることも考えていいんじゃないでしょうか。
私たちに必要なのは、性が男女の2つであるという性別二元論から脱却することです。100人いれば100人の性がある。男(または女)という同じ性のカテゴリーに入れられていても、あなたと私の性はまったく同一ではないのです。だから、男がどうだ、女がどうだという事ではなしに・・・・。何を今更というかもしれませんが、その原点を常に忘れないようにしてもらいたいのです。少なくとも、男女共同参画社会を実現しようという施策においては、可能な限り「性」による限定を外してもらいたいと切に願います。
最後に、よく使われる「男も女も」などの男女のみ並列の性の表記を変えられないでしょうか。先に述べた性別二元論からの脱却という視点からです。性はただの2つではありません。かつては「女性問題」といわれ、今は「男女の問題」といわれる様になっています。そして今や次の段階に進むべきなのです。何かよい言い方はないでしょうか。「性」に関わる問題に敏感であるならば、そのことにも考えが及ぶ世の中になって欲しいと思います。
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