めでたい人にはとことんめでたいんだろう。どこであろうとも殿上人たちの世界なのであまり深入りしてみようとは思わない。故にどこで開催されようとあまり興味は無い
何よりも、「国を挙げて」とか「みんなで喜ぼう」とかそんなたぐいの言葉が席巻しているのがあまりにも気持ち悪い。自分の属する競技団体の方にもその圧力はかかっていて、ピンバッチをつけているお歴々もいる。それはそれで構わない。いやほんとに全然構わない。どう考えようと自由じゃないですか。喜ばしい!!という人もいれば、どうでもいいという人もいれば、反対だという人もいれば、それでこそ健全な社会というものだ。全員が一つの考え方になるというのはよほどのことでない限りありえない。それは、たとえば『人を殺してはいけない』なんて題に対する考え方なんかがそうだろう。それでも場合によっては許されるなんて人も確かに存在する。死刑制度がそれなのだ。全員一致することなんてあり得ないということが認められない社会は、個人の尊厳が認められない社会だろう。(否定表現の連続は意味がわかりにくいという典型的な文章です)
今の日本はそんな社会になりつつあるんだろう。「オリンピックに反対する者は南朝鮮に行け」なんて書き込みを読んだが、それに対する賛成意見が多いこと。楽しいだろうな、こんな時多数派にいるのは。きつくなりたくないから多数派に属していればいいやという人もいるのかなあ?
叩かれるのを覚悟で明言する。東京オリンピック決定は残念だ。
コメント